ブランドアイデンティティとは 企業の哲学
ブランディング
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ブランド論の偉大な論者であるデービッド・A・アーカーは、その著作「BUILDING STRONG BRANDS:邦訳名 ブランド優位の戦略」ダイヤモンド社(1997年7月)の中で、次のように「ブランド・アイデンティティ」を説明しています。
(ブランド・アイデンティティは)
・ブランド戦略策定者が創造したり維持したいと思うブランド連想のユニークな集合である。
・機能的便益、情緒的便益、自己表現的便益を含む価値提案を行うことによって、ブランドと顧客との関係を確立するのに役立たなければならない。
・次の四つの視点から確立された12の次元からなっている。製品としてのブランド(製品分野、製品属性、品質および価値、用途、ユーザー、原産国)、組織としてのブランド(組織属性、ローカルかグローバルか)、人としてのブランド(ブランド・パーソナリティ、ブランドと顧客との関係)、シンボルとしてのブランド(ビジュアル・イメージとメタファー、ブランドの伝統)。
※同書86ページ〜87ページより抜粋
令和4年の今から数えるともう25年も前の定義ですが、基本的にその意味するところは、現在でも十分通用するものとなっています。
ただ、アーカーは学者・研究者であって実務家ではありません。その目的は数多の事例研究を通じてブランドの価値が創造される過程や要因を解き明かすことにあり、「どのようにしてブランドの価値を創造するのか」「どのようにブランドの価値を人々に伝えるのか」という課題に日々悩む日本のマーケター、ブランドマネジャーにしてみれば「それで?」という感想になるのは否めません。
加えて術語の用法は分析的であり、英語の原著を翻訳した文章表現でもあることから、私たちがすぐに理解できる定義とは言いがたいものになっています。
リボンハーツクリエイティブのブランディングnoteでは、過去にMIとは(マインド・アイデンティティ)ブランドの根幹を成す CIの三大要素1という記事で「アイデンティティ」の成り立ちについて考察を行いました。ここでは企業やブランドのアイデンティティは、Mind(マインド)、Visual(ビジュアル)、Behavior(ビヘイビア)の3つの領域で形成されると解説しています。言葉にならないブランドの理念・思いを可視化し、態度や行動を通じて人々に伝え、共有する。非常にシンプルに表現すると、アイデンティティとはそのようなプロセスで確立される概念です。
アーカーの定義に沿って言うなら、それはブランドに関わる「(あらゆる活動の)連想や集合」です。
機能・情緒・自己表現を含み、製品(ないし商品・サービス)と組織、人、シンボルを包括するものです。
でもそれって、畢竟「ぜんぶ」ってことではないでしょうか。
この図はブランドの「ぜんぶ」を、関係社会との接点(タッチポイント)という側面からとらえた場合の、模式図です。
中心に置かれているのは、ブランドアイデンティティ要素のひとつであるマインドです。マインドはそのままでは共有がされにくいため、言語化や視覚化、綿密なコミュニケーションを通じて、まずブランドの送り手側で理解・共感を形成します。送り手はブランドに込められた想いをビジュアルやビヘイビアに変換し、事業活動を構成するタッチポイント、例えば商品・サービス、パッケージ、店舗、接客行動、広報、広告、新たな商品の開発、採用などの場面で具体的なアクションを起こし、「ブランドらしさ」を表現していきます。
関係社会との接点(タッチポイント)はマーケティングの4P・4Cで表される事業の構成要素から導かれます。ブランドの事業領域や規模、特性によってタッチポイントが変わってきます。
タッチポイントはまた、関係社会(ステークホルダー)によっても変わります。顧客だけでなく従業員や取引先、株主や出資者、地域の人々などブランドイメージの形成に参加するすべての人々が、ステークホルダーとなります。無数のステークホルダーに対して、それぞれのタッチポイントでデジタルとノンデジタル(フィジカル)のコミュニケーションが発生し、そこで送り手と受け手の双方に「ブランド連想」が蓄積されます。アーカーの言を借りれば、これが機能的便益、情緒的便益、自己表現的便益を含むブランドの価値提案であり、ブランドとステークホルダーとの関係を確立していくプロセスなのです。
ブランドアイデンティティとは、ブランドをめぐる議論・テーマの中で最も広く大きな概念、ビッグワードです。
個人の場合でも、人が自らアイデンティティを確立したり、探したり、あるいは意識的に解明したりするのは難しいものです。移り変わる環境やステークホルダーとの関係性の中でマインド、ビジュアル、ビヘイビアの3要素も形を変えていくでしょう。タッチポイントやコミュニケーションの手段、媒体も多種多様になっていきます。
ブランドアイデンティティがそれらの活動を「ぜんぶ」包含するブランド連想の集合体であるなら、それはやはり永遠に続いていく終わりのない旅になるのではないでしょうか。そう考えると、アーカーのブランドアイデンティティに関する表現が哲学的・抽象的になったのも、なんだかわかる気がします。