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人的資本に磨きをかける!従業員エンゲージメント 細田悦弘の企業ブランディング 〈第24回〉

SDGs

企業が従業員について、価値を生み出す「人的資本」と捉え、投資の対象と位置付ける動きが高まっています。人材は企業の競争力を左右する、最大の「資本」です。社員と会社が信頼して貢献し合う状態を醸成し、自社に誇りをもってイキイキと働いてもらえるかが勘所です。そのためには、従業員エンゲージメントが一段と重要になっています。

人材から人財、そして人的資本へ

サステナビリティ経営が主流になる中、人材を「人財」と表記する企業が増えてきました。その背景には、従業員をより尊重し、教育や育成について積極的な投資を行う戦略がみてとれます。

「人材」という言葉は、(「人財」が当て字であるのに対し)通常表記です。決して従業員を単に会社を構成する無機的な材料としてみなしているのではなく、企業活動に貢献してくれる人を指す言葉です。
「人材」は英語でいうと「human resource」にあたる概念であり、事業活動を行なうのに必要な「人的資源」です。人的資源は、持っている能力や生み出す価値にかかわらず、人材そのものを経営資源として位置づける考え方が一般的です。労働力としてカウントされ、そこにかかる費用は、通常「コスト」として捉えられます。これまでの日本企業の多くは、終身雇用を前提に長期間一つの会社に勤めることが前提となっており、雇用の流動性が低く、人材をコストとして捉えるのが主流でした。

これに対して、「人財」を使う場合には、『余人をもっては代えがたい人』という意味が込められている場合が多いようです。自らビジネスを創造する、変化への対応力に長けている、専門的な知見がある、社外ネットワークが広いなどといった人物像の場合は、代替するのが難しく、企業にとってかけがえのない存在の従業員といえます。「人財」に使われる「財」という字には、「宝」や「値打ちのあるもの」という意味があります。すなわち「人財」とは企業にとって大切な人を指す言葉で、従業員を宝と考えているというメッセージが読み取れます。

近年では、「人財」の考え方をさらに昇華させて、「人的資本(human capital)」の概念が注目されるようになりました。人的資本とは、人が持つ知識やスキルなどを企業価値向上のための「資本」とみなす考え方です。したがって、そこに投入される予算はコストではなく、「投資」となります。従業員は企業経営にとって資本であり、成長を促すために教育や研修等に時間と必要経費をかけ、生き生きと働ける環境を整え、持続的成長につなげるという考え方が広まってきました。

人的資本は競争優位の源泉

人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで企業価値向上をめざす「人的資本経営」を標榜する企業が国内外で増加しています。背景にあるのは産業構造の変化があげられます。第二次産業が主流の時代は、いかに早く安く生産するかが企業の競争力の源泉でした。ところが今は経済のデジタル化が進み、「何を」つくるか、創造性と変革力が問われます。これからの価値創造は製造装置のような有形資産からは生じず、人材などの『無形資産』から生み出されます。米国S&P500社の市場価値を分析すると、その約9割は無形資産が創出しているといわれます。先行きの不確実性が高まるなか、企業価値創造の源泉として「人材」がより重視され始めたといえます。

こうした流れにより、人的資本の情報開示に関するルールやガイドライン(指針)づくりの動きが活発化しています。米国では証券取引委員会(SEC)が2020年8月、非財務情報に関する規則を改正し、上場企業に人的資本の開示を義務づけました。国際標準化機構(ISO)は人的資本の開示指針として「ISO30414」という規格を公表しています。

日本政府も企業に対し、人材への投資にかかわる経営情報を開示するよう求める動きを加速しています。企業が従業員について価値を生み出す「人的資本」と捉え、適切に投資しているかを株式市場が判断できるようにするのがねらいです。内閣官房は今夏にも、人的資本への投資を企業がどのように開示すべきかの指針を作り、投資家に伝えるべき情報を項目ごとに整理する予定です。主な項目は従業員のリスキリング(学び直し)等の人材教育や多様な背景を持つ人材の採用状況などです。うち一部は2023年度にも有価証券報告書に記載することを義務付けるとのことです。

人的資本に磨きをかける!従業員エンゲージメントト

「社員を大切にする」という考え方は、有力な日本企業は創業時から伝統的に備えています。これまでも多くの企業が、雇用の保障や福利厚生の充実という形で従業員に報いてきました。しかし、いま大きく変わっているのは、人材を大切にすることと、企業のパーパス(存在意義)や中長期の経営計画をしっかりとつなぎ合わせてマネジメントしようとする点にあります。すなわち、「従業員エンゲージメント」が人的資本を高める原動力になるということです。エンゲージメントとは、一般には約束や契約を意味しますが、人事分野では「働きがい」を意味します。すなわち、働き手が自分の成長や価値観と会社の目標達成の方向を一致させ、やりがいを感じながら意欲的に仕事に打ち込む状態といえます。生産性の向上や社員の離職防止などにつながるとして、従業員エンゲージメントを重視する企業が増えています。

パーパスは企業としての未来のあるべき姿を示すもので、個々の社員の価値観や自身の将来のありたい姿とを一致させることで実現が促進されます。社員の成長を奨励し、生きがいを醸成することで、会社の発展にもつなげていくという考え方です。とりわけ、Z世代の若手社員にとって、社会的存在意義が実感できる会社の社員であることの誇りは、従前の大企業に就職することで得られた処遇面の誇りとは異なります。パーパスを実践している企業で働くことで、会社との強いつながり(ロイヤルティ)が育まれます。現代企業へのこうした『ロイヤルティ』 は、その昔の大企業への『忠誠心』とは質が異なります。忠誠心・愛社精神が尊ばれ、もてはやされた時代は明らかに過去ものとなりました。

人を最大の資本と捉え、熱意あふれる(エンゲージメントの高い)従業員を育む。それが企業のビジョンやパーパスの実現につながる時代が到来したといえるでしょう。従業員が自社のパーパスや価値観に共鳴し、エンゲージメントが高まれば、『人的資本』は磨かれ輝きを増します。『自分の会社が好きな社員』がたくさんいる会社は、持続的成長が見込まれます。

創業の精神や企業文化のもと、自社の生業(なりわい)を活かしパーパスを実現する。ビジネスと社会課題解決を両立させ、『自社らしさ』を発揮して競争優位を創出する戦略メゾットが、サステナブル・ブランディングです。

【細田悦弘 プロフィール】

公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、 理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

ライタープロフィール

細田 悦弘(ホソダ エツヒロ)

公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

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