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細田悦弘の企業ブランディング 〈第15回〉 ナッジ理論を活用する!サステナビリティ推進

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サステナビリティを社内で推進するには、お仕着せや命令ではなく、社員一人ひとりが自主的・主体的に振る舞うことが鉄則です。ただし、これが至難のわざです。そこで、昨今話題の「ナッジ理論」をうまく活用してみてはいかがでしょうか。

人は無意識のうちに動かされている!

コンビニやスーパーで会計をする時、レジ前の床に描かれた矢印や足跡マークを目にすることがよくあります。コロナ禍では、客同士の適切な距離を示す線も増えました。それらを見た私たちは、おのずとマークに沿って並ぶ人の列に加わり、お店の人に誘導されなくても整然と並ぶことができます。このように、強制ではなく自発性を促す仕組みがあると、私たちの行動はずいぶんと洗練されるものです。これが「ナッジ」の一形態です。

ナッジ理論(nudge theory)とは

ナッジ(nudge)とはもともと、「注意や合図のために肘(ひじ)で人を軽く突く」という意味です。行動経済学の知見を使って、肘で軽く突くように、人々にそれとなく望ましい行動を選択するように促すことを指します。行動変容をそっと促す様子は、『母ゾウが子ゾウを鼻でやさしく押し動かす様子』に例えられたりもします。ナッジは、強制することなく良い方向へ誘導することが可能な実用性が高い理論として、民間企業や中央省庁・自治体等でも取り入れられています。

ナッジ理論は、2017年にノーベル経済学賞を受賞した、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱した概念です。セイラー氏は、主に公共政策でのナッジ活用を取り上げていますが、ビジネスシーンでも同様に有効とされています。命令をせず、選択を禁止することなく、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える試みがナッジです。相手に気づかれぬうちに、人間の心理に働きかけ、それとなく誘導するような仕掛けです。

身近なナッジの活用事例

少し気をつけてみると、日常のさまざまなところにナッジが潜んでいるのに気づきます。冒頭のコンビニやスーパーなどのレジ前の床に描かれた矢印等によるフィジカル・ディスタンス確保がありますが、下記のようなナッジ(nudge:そっと後押しする)の事例も効果を発揮しています。

①消毒ナッジ
新型コロナウイルス対策で「手指消毒」の励行が叫ばれる中、自治体等においてナッジ理論に基づいた取り組みが奏功しています。人が出入りするエントランス等に設置された「消毒液」の足元に、数歩手前から行き先を指し示し、そこに導くイエローテープを貼り付け、人間の意識・無意識に強く訴えます。テープを貼る前に比べ、消毒液を噴霧し手をこする人が増加したそうです。

②「ふと登りたくなる」階段で健康促進
階段のそばにエスカレーターやエレベーターがあると、つい楽をしたくなりそちらを選んでしまいがちです。そこで、階段を鍵盤に見立て、足を乗せると実際に音が鳴る仕掛けを施すことで「楽しそう」「登ってみたい」という気持ちを引き出すことに成功した海外の事例があります。階段利用を促すもっと身近な仕掛けとして、「ここまで登ると○○カロリー消費!」などと書かれたステッカーの活用が挙げられます。エスカレーターと階段で迷ったとき、このステッカーが目に入れば、「健康のため階段にしておくか」という気にもなります。

③思わず立ち止まり、人々をくぎ付けにした「ダンス信号機」
数年前に、ヨーロッパの自動車メーカーが「The Dancing Traffic Light(踊る信号)」を作りました。これは、歩行者用信号機のLEDパネル部分の表示を、人がダンスをするコミカルな動画にすることで「信号を待つのが楽しくなる」というのがコンセプトです。これによって、歩行者が信号を待つのが楽しくなり、通常よりも8割も多くの歩行者が信号を守るようになったとのことです。ポイントは、この製作主体が国や自治体ではなく、民間企業であるということです。とかく交通事故や環境汚染の側面でのネガテイブインパクトが懸念される自動車メーカーとしての交通事故撲滅に向けた社会課題解決への取り組みといえます。

ナッジによる、サステナビリティ推進事例

ナッジは、サステナビリティへの取り組みを促進する際にも役立ちます。サステナビリティを推進するには、お仕着せや命令ではなく、一人ひとりが自主的・主体的に振る舞うことが鉄則です。企業内では社内啓発(社内浸透)に苦心しますし、地域社会との協働もハードルが高いことでしょう。そこで、ナッジ理論に裏打ちされたサステナビリティ推進にまつわる事例の一部をご紹介します。

①日本版ナッジ・ユニット
環境省が事務局となり、関係府省庁や地方公共団体、産業界や有識者等から成る産学政官民連携による「日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)」があります。ナッジを含む行動科学の知見(行動インサイト)に基づく取り組みが政策として、また民間に社会実装され、自立的に普及することを目的に活動しています。行動経済学会との連携により、「ベストナッジ賞」コンテストを実施しており、社会・行政の課題の解決に向けて、ナッジ等の行動科学の理論・知見を活用して行動変容を促進し、効果を測定した実績のある取り組みを推奨しています。

②タウンで楽しみながら、省エネ活動
エネルギー会社のスマートタウン・プロジェクトでは、商業・スポーツ・住宅など多様な都市機能を集積し、緑豊かな空間を備えた新しいまちづくりに取り組んでいます。そこでは、「デマンドレスポンス」というコンセプトのもと、エネルギー需給の状況に応じて(電気をたくさん使う時間帯に)省エネを要請し、協力した人には街(当該タウン)で使えるポイントを付与しています。あわせて、同じタウンの施設の利用を促すイベント等も同時に開催しています。電力需要が高い時には、敷地内のショッピングセンター等に出かけることにより、楽しみながらお得に省エネ活動に参加できる仕組みになっています。

③社内食堂の「健康経営」への取り組み
米国のIT企業の中には、福利厚生のために24時間無料で食べ放題の社員食堂があります。社員の肥満が目立ち始めたことから、食堂の一番目立つ位置にサラダを配置して「野菜をとるのが当たり前」という、デフォルト(あらかじめ選ばせたい選択肢を初期設定すること)の状態を作り出しました。無料のバイキング方式ですので、皿いっぱいにサラダを盛り付けるようになったそうです。野菜の量が増え、肉や清涼飲料水やスイーツの量が減って、社員の減量に効果があったといいます。直接的にダイエットを意識させずに、それとなく誘導することで、目的を達成させることがナッジです。ナッジを社内で応用すれば、知らない間に行動を変え、「健康経営」を推進することにつながります。こうした発想は、食品ロス対策等の取り組みにも応用できそうです。

「サステナビリティ・マインド」をナッジする、インターナルブランディング

2013年に開催されたサッカー・ワールドカップ日本代表戦による影響で、JR渋谷駅前にサッカーファンが殺到し、駅前のスクランブル交差点が大混雑しました。そこで、警視庁の男性隊員(DJポリス)が日本代表サポーターを「12番目の選手」として誘導し、「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください」というユーモア溢れる呼びかけによって、混雑は緩和され大きなトラブルに至りませんでした。民衆の良心にさりげなく訴え、人々の自主性に委ねたメッセージは、まさしくナッジ理論の効能といえます。

同様に、社員のブランド意識やサステナビリティ・マインド(サステナビリティ的モノの見方・考え方)を醸成するためには、上から目線での命令やお仕着せで落とし込むことはほぼ不可能です。したがって、サステナブル・ブランディングを実現するためには、社員の「誇り」に訴え、一人ひとりが自社ブランドを担っているという「自覚」のもとに、自発的・主体的な行動を促すことがポイントです。「サステナビリティ・マインド」をナッジする、インターナルブランディングがおすすめです。

【細田悦弘 プロフィール】

中央大学大学院 戦略経営研究科フェロー、一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
CSR・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、 理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

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