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中古車も企業も、レモンの原理 細田悦弘の企業ブランディング 〈第41回〉

SDGs

「レモンの原理」…。可愛らしい響きがありますが、この世界的に有名な学説こそが、コーポレート・コミュニケーションの鉄則であり、企業の競争力を左右します。昨今、関心が高まる中古車市場を例に解説します。

質のいい中古車を選びたい

中古車販売会社による自動車の保険金不正請求問題等が明らかとなったこともあり、中古車業界への関心が高まっています。本件は、法人間の取引(BtoB)で発生しましたが、一般消費者の「質のいい中古車を選び」(BtoC)にとっても、『どこで買うか』『どの車がいいのか』について不安が募ります。そこで、世界的に有名な学説に基づいて、企業ブランドの重要性、コーポレートコミュニケーションの鉄則を解き明かします。

情報の非対称性と「レモンの原理」

取引を行う際、「情報を持つ人」と「情報を持たない人」では、えてして後者が不利になりがちです。中古車市場の場合、出荷直後の新車と違って、中古車は正確な品質情報が買い手にはわかりません。一方で、売り手の中古車販売会社は本当の価値を知っています。こうした売り手と買い手の間の「情報格差」の問題について、ノーベル経済学賞受賞者のジョージ A. アカロフという学者が、米国の中古車市場を例に、「レモンの原理」と呼ばれる有名な学説を発表しています。

ここでいう「レモン」とは果物のレモンに例えた、質の悪い中古車のことを指します。米国では、外見からは中身がわからない、後になって欠陥があることが判明する劣悪商品を「レモン」、品質のよいものは「桃 (ピーチ) 」と呼ぶそうです。レモンは、外見からでは中の状態がよくわからず、おいしそうにみえても実は中身が腐っていたり、農薬が残っていたりするものが混じっていたりするからです。ピーチは、中が腐ればすぐに外見から分かるので、基本的に良いものしか店頭に並びません。

中古車も、素人が外から見ただけでは、その良し悪しが分らず、実際に購入してみなければ、真の品質を知ることができません。大抵の場合、買い手より売り手の方がその品質のことをよく知っています。このように「情報の非対称性(情報格差)」が生じているときに、売り手が高く売りたいがために、品質が劣悪であっても、不利な情報を隠している場合が多々あります。その結果、買い手はこういう中古車市場に不信感を抱き、個々の中古車の品質ではなく、市場に流通している中古車の平均的な品質に基づいて、いくらまでなら中古車に支払えるかを考えるようになり、平均的な品質は低下し、価格もレモンであるリスクを買い手が考慮するために下がります。「逆選択(アドバース・セレクション)」といわれる経済現象です。

こうなると、よい中古車 (ピーチ)が出回りにくくなり、粗悪な中古車 (レモン) の割合が増えていきます。しかも買い手は減り、市場は縮小し、機能しなくなってしまいます。レモン市場 (lemon market) とは、品質が買い手にとって未知であるために、不良品ばかりが出回ってしまう市場のことをいいます。

たとえば、下記のとおり、AとBの2つの中古車があったとします。

A)レモン(質の悪い中古車)…40万円
B)ピーチ(質の良い中古車)…100万円

もしも中古車市場にこの2種類の中古車が混在してしまうと、ピーチが欲しい人も、リスクを避け、どうせレモンが来るかもしれないからと、40万円しか払わなくなります。逆選択(アドバース・セレクション)によって、ピーチ(良い中古車)が市場から姿を消すことになります。これを避けるために、「情報の非対称性」を解消する施策が不可欠となります。

このように、消費者が商品やサービスの品質につき十分な知識がない、すなわち「情報の非対称性」が存在するとき、市場は効率的な資源配分に失敗、市場そのものが存在できなくなる可能性があります。「悪貨は良貨を駆逐する (グレシャムの法則)」ともいえます。この理論は正確な情報開示がいかに大事かということを教えてくれています。

企業も、切って中身が見られない

企業も外から見ただけでは、「良い会社」なのかどうかはわかりません。そうかといって、レモンのように切って中身を確認するわけにはいきません。企業と社会(ステークホルダー)との間に横たわる「情報の非対称性」です。

だからこそ、情報開示や透明性がコーポレート・コミュニケーションの中核となります。投資家保護・債券者保護などに使う「保護」とは、情報を適切に提供することが根幹にあります。きちんと情報開示がなされれば、顧客や投資家だけではなく、取引先も従業員も就職希望学生も、そして地域社会も、企業の透明性ある経営や事業活動が、安心感を生み、信頼関係へとつながっていきます。「信頼」は企業ブランドの芯や背骨であり、コーポレート・コミュニケーションはそのための鉄則です。「企業ブランド」は、シグナリング効果(商品・サービスの品質や確かさをシグナルとして送ること)をもたらします。その象徴、まさにシンボルとのなるのが「企業ロゴ」です。

サステナビリティ時代の企業ブランディングは、まずはパーパスに基づいた『約束』を全従業員で守り、その上で「情報の非対称性」の克服を図るコーポレート・コミュニケーションが必修科目です。

【細田悦弘 プロフィール】

公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、 理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

ライタープロフィール

細田 悦弘(ホソダ エツヒロ)

公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

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