CSVが登場してもCSRが不要にならない理由

CSV

CSV(共有価値の創造)には多くのメリットがあるが、人権や汚職といった困難なCSR事案への対処は難しいのが現実だ。
CSVの提唱者Michael Porter氏は、2011年のNestle CSVイベントで、CSRに代わるコンセプトとしてCSVを紹介した。
興味深いのは、オンラインで議論をフォローしていた数人が、議論の方向性に不安を感じ、Eメールを送ってきたことだ。

Porter氏のその時の主張はこうだ。「ビジネスでは、CSR活動を社会における役割として捉えていたが、CSRは基本的に慈善事業による社会への還元であり、ルールに則った活動に過ぎない。私の結論では、CSRは十分に機能しなかった」。
さらに次のように続ける。「CSRは私たちを目的の場所まで運んでくれなかった。CSRは確かに意義はあったが、インパクトに欠けていた。結果にフォーカスしてこなかった上、スケーラブルでもサステナブルでもなかったため、CSRを超えるビジネスコンセプトが必要とされている」。

続けてPorter氏は、発展途上国の支援にCSVが果たす役割を説明した。
「CSRのソリューションはフェアトレードだ。一方でCSVのソリューションは農家の生産性と品質の向上にフォーカスする。品質と生産性が高まることで農家の収入は増え、支援企業との持続可能なビジネスが成立する。そこがCSRとCSVの大きな違いだ。またドラッグ産業では、CSR活動で貧しい人たちに無償でドラッグを配っていた。だが世界中の薬を必要としているすべての人たちに薬を提供する余裕はないため、Novartisに相談した。そして薬のパッケージと市場への投入方法を見直すことで、新たなビジネスモデルの構築に成功した。社会的ニーズを満たすと同時に、ビジネスとしても成立させるのがCSVのコンセプトだ」。

CSVの意義に反論するつもりはない。しかし、用語の定義を明確にしたい。
アメリカでいうコーポレート・シチズンシップとヨーロッパで使われるCSRの意味は全く同じではない。
例えばヘルスケアのケースでは、Novo NordiskがWHOやオックスフォード大学、イェール大学と共同でグローバルなヘルスケアキャンペーンを行った。
糖尿病などの慢性的な病気の予防のため、コンシューマーに食事や運動などの生活習慣の改善を呼びかけたのだ。
デンマークを拠点とする同社は、インシュリンの製造で世界をリードしており、糖尿病患者の減少は利益に反する。しかし、同社が恐れたのは、公的なヘルスケアシステムの崩壊による生じるリスクだった。

さらに49の世界最貧国でドラッグのコストを大幅に下げたGSKのケースもある。
これは同社の主要ドラッグのコピーが大量に出回るリスクと利益を天秤にかけた、冷静なビジネス戦略による決断だった。
これらの事例はヨーロッパでは、CSRのケースになる。SCVの登場によりCSRが不要になったと判断するのは、時期尚早だろう。
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