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カスタマージャーニーを活用する際に注意したい、ブランディングからの視点

ブランディング

マーケティング用語としてのカスタマージャーニー(Customer Journey)は、UX(ユーザーエクスペリエンス)やDX(デジタルトランスフォーメーション)の隆盛と共に、だいぶ定着してきた感があります。Googleトレンドで調べると、わが国で「カスタマージャーニー」という言葉が検索件数のピークを迎えたのは2019年5月です。その後2021年に一旦やや鎮静化し、2022年に入ると再び検索頻度が上がっています。マーケティング理論の研究が盛んなアメリカでは、もっと早くから注目されていることと思われがちですが、グラフを見る限りでは2018年以降ゆるやかに上昇しており、2022年に入ってから検索トレンドとしての認識が強まる傾向が見て取れます。

ネットやビジネス書で目にする機会も増えている、カスタマージャーニー。この記事では、ブランディングとの関係性を主軸に、解説してまいります。

カスタマージャーニーを簡単に解説すると…

カスタマージャーニーとは文字通り、『顧客や消費者がどのような旅、すなわち「商品・サービスやブランドにまつわる体験の経路」をたどるのか』をシミュレートする概念を指します。カスタマージャーニーを把握することにより、そこから自社の製品やサービス、ブランド体験の課題を発見したり、マーケティング戦略を展開するための重要な情報、判断基準となる指標などが得られます。

一般的に、カスタマージャーニーは「ペルソナ」と呼ばれるシンボリックな顧客像を設定し、その像に名前や年齢、家族構成、職業や住居形態などといったデモグラフィック的要素と、趣味やファッションの傾向、好む音楽や映画、読書傾向などのライフスタイル要素を付与することから始めます。 そしてAIDMA(Attention:注目、Interest:興味、Desire:欲求、Memory:記憶、Action:行動)や、最近では5A(AWARE:認知、APPEAL:訴求、ASK:調査、ACT:行動、ADVOCATE:推奨)という段階的な接触シーンを想定し、ペルソナが各段階においてどのようなメディア(広告や店舗、陳列、接客などのタッチポイント)に接触し、どのような態度変容や心理変化を起こすのか、をシミュレートします。この模様を図式化したものを「カスタマージャーニーマップ」と呼び、戦略立案やスタッフ間の認識共有に役立てます。

ネットを検索すればその作り方を解説したブログやテンプレートがダウンロードできるwebサービスなどが山ほど見つかりますので、関心のある方は探してみてください。今では一般的になったカスタマージャーニーですが、ここで注意しなければならないいくつかの点があります。

カスタマージャーニーは、台本(シナリオ)とは違うもの

スマートフォンの普及やデジタルマーケティング手法の進展などにより、マーケティングの常識はこの十数年で大きく変わり、今も変化し続けています。
例えば、リモートはコロナ禍を契機に一般的なワークスタイルとして定着しました。これと共にネット通販が拡大し、店舗は実際の商品を見に行くだけのショールーム化しています。店舗の側も動画を用いて商品を紹介したり、コンテンツマーケティングを充実させてサイト集客に努めたりと、新たな手法にチャレンジしています。企業や店舗と顧客とのデジタルな接点が増えているのです。

2007年1月の『Wall Street Journal』 紙上で、Discovery Institute のシニアフェローであるBret Swansonという人物が「エクサフラッド」という概念を記事中で披露しました。今後インターネット上のデジタル情報は指数関数的に増加し、そう遠くない将来に10億ギガバイトを意味する「エクサバイト」のデータの洪水、エクサフラッドが訪れるというものです。事実、情報通信白書平成26年版によると、2010年時点のデータ総量は988エクサバイト、10年間でおよそ60倍に増加したことになります。さらにアメリカの市場調査会社『International Data Corporation』は、エクサバイトのなお上の単位である「ゼタバイト」時代が既に到来している、と発表しました。

【参考】:世界のデータ総量ってどのくらい? データ総量、データ通信量(IPトラフィック)の意味から最新の予測まで徹底解説!! | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん (wingarc.com)

これだけの情報が周囲にあふれる現代では、消費者はふと思い立ったその瞬間に、場所や状況に関わらず商品情報に接することができます。スマートフォンを操作すれば、価格を比較するサイトや口コミ評価が並ぶサイトなどをいくらでも参照することができますし、消費者の側にニーズが発生する前の段階で、ブラウザが「あなたが必要としている商品はこれでしょう」「こんな新製品はいかがですか」などとお節介なメッセージを表示してくるのです。 従来のマーケティングでは、AIDMAや5Aは消費者が段階的・合理的な判断を行う前提のもとで考えられていました。消費行動はA→I→D→M→A、または5つのAの順に進むものとして捉えられ、それを想定したシナリオを準備してタッチポイントを設計していたのです。ところが、エクサフラッドの時代には、消費者の行動はこれまでのようにリニア(線形)ではなくなります。検討期間を置かずに見た瞬間購買するケースや、探索行動の途中で予期しなかった商品・サービスを購入してしまうケース、また購入後に商品情報を詳細にチェックして、判断の正当性を確認して満足するケースなど、段階を飛ばしたり、逆走したりする消費行動が生じました。Googleはこの現象を「パルス消費」と名付けました。

瞬間的に買いたくなる「パルス消費」、衝動買いと何が違う? - Think with Google

こうなると、消費者はあらかじめ想定したコースに従って購買行動の旅をする対象ではなくなります。お仕着せのツアーではなく、自由に市場を旅するフリートラベルの参加者であり、日常生活の中で脈略なく突発的に買い物をする気ままな存在です。それであれば、カスタマージャーニーで把握するのは消費者のリニアな心理・態度変容プロセスではなく、AIDMAや5Aの各ステップごとで有効なタッチポイントを抽出することであり、そこで企業が想定するべき課題点や、顧客に提示する詳細なメッセージ内容などでなければなりません。

裏付けのない思い込みや抽象的な設定は逆効果

ペルソナとはシンボリックな顧客のモデル像だ、と解説しました。狙うべきターゲット顧客のイメージを具体的につかむため、その属性が詳細に設定されます。有名なSoup Stock Tokyoのペルソナ「秋野つゆ」は、「都心で働くキャリア志向の37歳女性。独身または共働きで経済的に余裕があり、自分の時間を大事にする。シンプルでセンスが良く、機能的な製品を好む。フォワグラよりもレバ焼きが好きで、プールでは豪快にクロールで泳ぐ…」といった設定がなされていました。

こうした設定は、過去のマーケティングデータやアンケート調査などの定量的情報と、インタビューなどから得られた定性情報をバックに、十分な検討を経て設けられるものです。根拠が薄いまま「こんな顧客を対象にしたい」「うちの客層はたぶんこんな感じ」といった安易な設定をしてしまうと、カスタマージャーニーマップ自体の信頼性が低下します。

また、仮にペルソナづくりが上手くいったとしても、顧客のパターンがただその一人だけ、ということはあり得ないでしょう。新製品の投入時や広告におけるストーリーづくりならともかく、個性的で自由度の高い現代の顧客は、必ずしも設定したペルソナに当てはまるとは限りません。

十分に機能するカスタマージャーニーをイメージするためには、複数のペルソナ設定とデータに基づくタッチポイントの設定、データには未だ現れないがトレンドやSWOTの観点から今後効果が予想されるタッチポイントの抽出、そこで想定される対象者とのあらゆるやり取り(コミュニケーション)を詳細に作り込み、さらにPDCAを繰り返しながら、常態的に見直し・更新を続けていく必要があります。

重要なのはブランディングの視点

このようにカスタマージャーニーを設定し活用するシーンでは、顧客接点の最前線に位置する現場の感覚や知見が十分に反映されなくてはなりません。しかしそのことをあまりに意識しすぎると、なんのためのカスタマージャーニーなのかが不明確になってしまいます。

カスタマージャーニーは自分たちの商品・サービスの情報を、「誰に、いつ、どこで、どのようなタイミング・シチュエーションで、どのようなメッセージを、どんな手段で」提供するのかをシミュレートし、その結果として対象者に望ましい影響力を及ぼすことを目的とするものです。
商品購入の決め手が価格競争力にある、と現場で認識していたとしても、そのブランドが「品質の信頼性」「デザインの洗練性」で差別化する意図を持っているのならば、タッチポイントで価格の安さを強調するのはむしろミスリードとなってしまいます。カスタマージャーニーはマーケティング戦略の一手法であり、マーケティング戦略はブランド戦略に従って構築されるものでなくてはなりません。

自分たちのブランドが何を大事にしており、どんなビジョンを実現するためにビジネスを展開しているのか。そこから現実のマーケットデータを参照し、適切な対象に適切なタッチポイントをプログラムしていく。これが本来あるべき、カスタマージャーニーの姿ではないでしょうか。

【参考記事】
日本企業は「周回遅れ」のマーケティングからの脱却を図れ | GLOBIS 知見録

ライタープロフィール

神澤 肇(カンザワ ハジメ)
リボンハーツクリエイティブ株式会社 代表取締役社長

創業40年以上の制作会社リボンハーツクリエイティブ(RHC)代表。
企業にコンテンツマーケティングを提供し始めて約15年。
数十社の大手企業オウンドメディアの企画・制作・運用を担当。
WEBを使用した企業ブランディングのプロフェッショナル。
映像業界出身で、WEB、紙媒体とクロスメディアでの施策を得意とする。
趣味はカメラとテニス、美術館巡り、JAZZ好き。

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